地位や身分に応じて料理の品数や食べる時間・場所などが違い、家の中においても主人とそのほかの家族の食事の時間が異なるなど、複数の人が直箸で同じ鍋を楽しむなどという状況とは縁遠い食文化を辿ってきました。それが、庶民が食べることを楽しめるようになった江戸時代になると、七輪や鍋を使って鍋料理を楽しむようになり、江戸時代後期には田楽や湯豆腐が生まれ、明治時代になるとすき焼きが登場しました。
その後、我が国には実に多数の鍋料理が登場し、家族そろって楽しむ料理の代表格としてはもちろん、美味しい鍋料理を名物メニューにした飲食店も次々に登場したことはいうまでもありません。誰もが同じ卓についてひとつの鍋を囲む鍋料理がこれほどポピュラーになった背景には、古来から続いた階層社会から“一億総中流社会”とも呼ばれた平等な社会へと変貌していった我が国の歴史を垣間見ることができるといったら、言い過ぎでしょうか。
「鍋奉行」という言葉をよく耳にします。鍋を囲むと必ず、蘊蓄を述べ、鍋を囲んだ席を仕切る人のことをそう呼びます。日頃は料理のひとつもしないお父さんが、鍋の日だけは張り切ってあれこれ仕切る姿こそ、我が国の一般家庭でよくみかける、ほのぼのとした食卓の風景なのかも知れませんね。
今回は函館市内で評判の鍋料理が食べられる店にスポットを当て、その美味しさの秘密に迫ってみました。各店の味作りのコメントの中に、家庭の食卓でも役立つヒントが、きっとあるのでは…。
湯気の向こうに家族の笑顔。寒い冬も心あったか——。
寄せ鍋
旬彩 粋匠
寄せ鍋は海の幸、山の幸をひとつの鍋で味わえる栄養的にも優れた料理。市内本町の『旬彩 粋匠』の寄せ鍋(1人前1500円、2人前より)は魚介類、野菜を合わせて15種類もの食材が入った豪華版。
鮭、タラ、海老、ホタテなどの魚介類に鶏つくねが加わり、野菜は白菜、長ネギ、しめじ、しいたけ、焼き豆腐、くずきりなど。魚介類は、ざっと湯通ししてあくを抜いておきます。こうすると具のうまみも逃げず、鍋の汁が濁ることもありません。ダシにもこだわりがあって、カツオの1番ダシと鶏ガラのスープとを半々にして使用しています。土鍋に美しく盛られた具の上から熱いだし汁を注ぐのがポイント。ボリュームも満点で心も体も温まりそうです。
鍋奉行 アドバイス
あく抜きをしっかりすること。具にかける出し汁は熱くすると、鍋の中が濁りません。
店主 信田年広さん
●本町23-5
Tel:52-5569
すき焼き
阿さ利
明治34年創業の『阿さ利』のすき焼きは関東風の味付け。タレと鶏ガラスープで牛肉、ネギ、しらたき、焼き豆腐などを焼きます。定評ある肉の美味しさは肉屋さんならではのもの。
赤い肉がうっすらピンク色に変わった時が1番美味しいのだそう。肉の美味しさを十分味わうためにあっさりした味付けが特徴です。「牛すき焼きコース」は1人前2310円〜3670円。ランチメニューもあり、こちらは「Aランチ」(1200円)、「Bランチ」(1400円)と、手軽に老舗の味を楽しめます。函館空港の搭乗待合室で販売している「すき焼き弁当」(1200円)も人気。懐かしい昭和の雰囲気が残る建物は昭和9年に建てられたもの。
鍋奉行 アドバイス
肉に火を通しすぎないことが大切。少なめのタレである程度強火にし、色が変わったらすぐにどうぞ。
女将 土橋正子さん
●宝来町10-11
Tel:23-0421
豚もやしセイロ蒸し鍋
○△□焼函館冨紗家
市内宮前町にある『○△□焼函館冨紗家』の「豚もやしセイロ蒸し鍋」(2人前、1050円)は、俳優の松田優作が絶賛したという大阪の『冨紗家本店』の人気メニューを再現したもの。
材料はもやしと豚バラ肉だけというシンプルな鍋。鍋に水を張り、上がってくる蒸気で蒸し煮するので、肉の脂分が下に落ち旨味だけがもやしにしみ込む、コクがあってさっぱりした味。たくさんのもやしが入り、肉と野菜のバランスもよくヘルシーで、「これでダイエットに成功した」という利用客もいるのだとか…。材料には味付けをせず、タレはポン酢を使います。お好みで唐辛子などの辛味を加えても美味しくいただけます。
鍋奉行 アドバイス
もやしは細もやしか豆もやしが合います。水は入れ過ぎないように…。空焚きに注意して下さい。
店主 福士ハルオさん
●宮前町25-8
Tel:43-0064
鶏たたき鍋
さかえ寿司高砂通支店
『さかえ寿司高砂通支店』で評判の「鶏たたき鍋」(1人前1000円、2人前〜)は、20年ほど前から宴会メニューに出している1品。
寿司や刺身が多い中、目先を変えて鶏鍋を用意したところ、好評となった。「やはり出汁が決めてですね」と話すのは店主の対馬秀也さん。国産若鶏を2度挽きしたものに卵白やネギのみじん切りを加え、すり鉢でよく練ったのが鶏のたたき。鰹ぶしでとった出汁、醤油、みりん、砂糖を合わせたタレを鍋に入れ、鶏のたたきをスプーンで落としながら白菜、春菊、えのき、シイタケなどと一緒に煮る。濃い出汁がしみてふっくらした鶏肉団子の美味しさは格別。前日まで要予約。
鍋奉行 アドバイス
肉を多めに入れ、肉から出る美味しい出汁で煮ることと、煮つめすぎないうちに食べることが大切。
店主 対馬秀也さん
●松風町20-5
Tel:23-2471
おでん
こぶ田本店
函館でおでん専門の店といえば市内大手町の『こぶ田本店』。関西と関東の中間ともいえる函館風で、昆布とかつお節からだしを取り、注ぎ足したつゆは4年になるそう。色々な材料が入っているにもかかわらず、濁りがなく澄んでいて見た目にも美味しそう。
おでん種はすりみ、巾着、ロールキャベツなどで、全て手作り。3日間煮込んで味をしみ込ませる大根は、煮込んでも煮崩れしないようにするためにコツがいるのだとか…。直火は味がきつくなるので、鍋は湯せんでじんわりと煮込みます。こんにゃく100円、海老しんじょ200円、ロールキャベツ300円などで100円〜300円。種がなくなり次第、店は終了。
鍋奉行 アドバイス
湯せんにすると沸騰しても味が柔らか。大きい鍋で豪快に作るとおいしいですが、扱いは繊細に…。
店主 滝下栄次さん
●大手町16-12
Tel:26-8852
中華海鮮鍋
中華ダイニング ロンファン
市内花園町の『ロンファン』の中華海鮮鍋(1人前1029円〜、2人前から注文可)の中華海鮮鍋のスープは鶏ガラを使い、毎日5時間以上煮込んで作っているので、だしが効いて旨味たっぷり。スープが美味しさの決め手です。
味付の基本は醤油味ですが、隠し味として味噌を加えるので味に深みが出ます。具はエビ、ホタテ、カキ、赤魚などの魚介類に、野菜は甘味の出る白菜や長ネギが入り、旨味に甘味が加わります。ほかには体が温まるニラや、中華風味が増すチンゲンサイが入っています。チンゲンサイの食感も人気。魚介は体を冷やすので、温める作用をする生姜を隠し味程度に入れるとさらにに美味しく仕上がります。
鍋奉行 アドバイス
魚介類はボイルして下処理をするとよりおいしくなります。好みで辛味をつけてもいいと思います。
切物・前菜板 亀井純一郎さん
●花園町24-21
Tel:31-0800
かにすき
函館甲羅本店
市内広野町の『函館甲羅本店』。新鮮な活かにの旨さと特選素材の極上な味わいに多くの人が足を運ぶこの店の豪華鍋といえば「かにすき」(2900円)。
本州では贅沢料理ですが、意外に地元では親しまれていないのでは…。というのも、かにすきは、かに身そのものよりスープの旨さを楽しむ鍋。野菜や昆布の効いただしと一緒になって完成する合わせ技のおいしさです。だからこそ最後の雑炊が絶品。さらに活かにのみそを加えると至福の味にバージョンアップ。かにすきはコース料理の中でも食べることが出来てお得。
鍋奉行 アドバイス
かにの旨さを引き出すだしが大切。当店では1番上質の利尻昆布だしを使っています。
接客係 松永裕美さん
営業時間は午前11時30分〜午後2時30分(LO/午後2時)、午後5時〜午後11時(LO/午後10時30分)。
●広野町1-1
Tel:55-3330
海鮮チゲ
麺S廣河ヌードル&焼肉大昌園
すっかりおなじみ、辛さが魅力のチゲですが、韓国では鍋料理の総称がチゲなんです。市内本通1丁目の『麺S廣河ヌードル&焼肉大昌園』では本場の味わいそのままの「海鮮チゲ」(1029円)を味わえます。
エビ、イカ、ホタテと野菜が赤色に染まり、石焼の器で運ばれてきます。このチゲはケジャンというワタリガニの辛味噌づけがおいしさの決め手。コクと甘みが辛さと一緒になってパンチのある濃厚な味わい。体の芯から温まり、心地よい発汗が。その他キムチチゲもあり、どちらも1人前とハーフサイズがあってうれしい。
鍋奉行 アドバイス
本格派のチゲにはケジャンが必需品。辛みだけでなく、独特のコクとおいしさが広がります。
店長 加藤さん
営業時間は午前11時〜午後3時(LO/午後2時30分)、午後5時〜午後10時(LO/午後9時30分)。
●本通1-7-22
Tel:31-5159