青いぽすと

函館は住みやすい街?

2017-06-16 vol.614

住みやすい街?函館の魅力をガッツリ語ってもらいました!

「函館は住めば都なのか?」それは、いまから15年ほど前の話…。青いぽすとの巻頭特集を決める編集会議の席での、1人の女性記者の一言がきっかけだった。「転勤などで函館に住み始めた人達は、函館にどんな印象を持ったのだろう?」さっそく、全国各地から函館に移住してこられた方々に率直な意見を聞き、ありのままを特集にして紙面に掲載した。

函館に対する批判的な意見もそのまま掲載すると、地域情報紙の内容としてふさわしくないと多数の批判を受けた。発行直後には苦情のハガキやFAXが殺到したが、やがてその内容は地元の方々の函館への思いと、街作りに対する提言へと変わった…。私達編集スタッフはこの特集を通じて、地域情報紙がこの街のためにすべきことを再認識した。その時の特集のタイトルは、「函館は住めば都なのか?」。
本紙は今号で創刊26周年。今回、本紙発行のターニングポイントとなった15年ほど前の巻頭特集を復活させる。函館の素晴らしい未来を信じて…。

魅力的な場所が動線でつながれば…

『ふらっとDaimon』マネージャー 藤原 孝史 さん

釧路市出身。医療・介護施設のプロデュース企業『白ゆりグループ』の社員として一昨年10月に、札幌市より函館に転勤。

勤務している会社が函館で新事業を展開することがきっかけでこちらに転勤することになりました。当初、周囲の人からは、函館は閉鎖的な街だといわれましたが、そんなことは全くなく、新規事業を運営してゆく中で、地元のスタッフの皆さんに色々助けていただきました。函館の方々はみんなお洒落で新しいものに敏感という印象を持っています。札幌在住の頃には旅行で函館に来たことがありましたが、住んでみてあらためて、史跡が多くて自然も身近で魅力的な場所だと思いました。私はアウトドアや食べ歩きが好きなので、函館市内はもちろん、渡島半島はひと通り満喫しました。函館のことは本当に大好きですが、あえてアイデアをいわせていただくなら、点在している魅力的な場所が動線でしっかり結ばれれば、地元の人にとっても観光客にとっても、ますます楽しい街になると思います。北海道新幹線開通をはじめ、函館駅前地区と本町地区の再活性化といったタイミングに函館で生活することになったことを光栄に思っています。仕事柄、函館駅前地区の活性化のお手伝いをさせていただきながら、函館を去る日が来るまで、魅力的な引き出しが多い函館を満喫したいですね。

都的イメージがする街作りに貢献したい

『函館蔦屋書店株式会社』取締役 企画営業部長 丸山 明 さん

兵庫県出身。全国のTSUTAYAを運営する『CCC』の社員として札幌市に在住後、2013年、函館蔦屋書店の立ち上げで函館に移転。

函館蔦屋書店の設立がきっかけで函館に転勤しました。設立準備の時に、地元の人達と友達になろうというプロジェクトを行ったのですが、その際に「友達の輪」みたいなつながりで交流の幅が広がり、函館は人同士のつながりが濃い街なんだと実感しました。実際に生活してみて感じたことは、美味しい飲食店が多いということと、車がなければ不便な街だということです。仕事に関することでは、函館蔦屋書店のイベントスペースを使いたいという地元の方から相談されることが多く、函館の人は意欲的で面白い発想をお持ちの方が多いという印象を持ちました。そんな函館の方々と一緒に作り上げるイベントは全て成功させたいですね。また、函館の方はお洒落な方がとても多いと実感しています。今回の「都なのか?」というテーマに対してですが、私の中では函館は「都」という感じではないですね。これまで暮らしたことがある東京の中目黒とか札幌の方がそういうイメージがします。だからこそ、函館蔦屋書店が都的な機能とイメージ作りに貢献できる施設にならなくてはと思っています。函館の人達との出会いを大切にして、出会ってきた方々の期待にお応えできるような仕事をしていきたいですね。

子育てするにも住みよい街です

『天然酵母パン トンボロ』 苧坂 香生里 さん

兵庫県出身。店のオープンを機にオーナーで夫の苧坂淳さんの地元函館に移住。webデザイナーとしても活躍中で2児の母。

結婚した頃は東京に住んでいましが、妊娠をきっかけに夫がお店を出せる場所で、なおかつ子供が外で走り回れる環境の土地を探し始めました。
夫と出会った京都に住むことがほぼ決まっていたところで急遽夫の地元に行くことになり、函館の予備知識が何もないまま生活がスタートしました。お店のオープンと長女が生まれたのが同時期だったので、お客さんが娘を可愛がってくれたり声をかけてくれたり、いま思い返してみるとお客さんも一緒に娘を育ててくれたように思います。
都会では、こんな風にフランクに接してくれることはなかったと思うと、函館は子育てするにも住みよい街です。
「あずましい」とか「んだ〜」とか、意味が分からず検索した言葉もありましたが、函館は人も自然も丁度いい距離感にいてくれて安心できます。
ひとつ驚いたのは、四季の流れの違いです。まだ夏だと思っていたら、もう秋だったり(笑)。
今では函館の四季が体に馴染み、寒い冬に暖かい部屋でアイスを食べるのも冬の醍醐味です。今回のテーマでもある「函館は住めば都か?」と聞かれたら、私は迷わず「都」と答えます。

函館思いの市民がいることが魅力

『公立はこだて未来大学』教授 美馬 のゆり さん

東京都出身。2000年に来函。公立はこだて未来大学システム情報科学部教授。

私は公立はこだて未来大学の開学の構想に関わり、開学する2000年から函館に移住しました。
函館に住む前は、寒いところというイメージがありましたが、住んでみると思ったよりも暖かいと思いましたね。寒すぎず暑すぎず、快適に過ごせる時期が春から秋までと長く、暮らしやすい気候だと感じました。
ほかに感じたことは、野菜が美味しいということですね。もちろん、魚介類も美味しいけれど、採れたてで新鮮な野菜の美味しさには驚きました。海も山も近くにある土地なので、食べ物が美味しくて、贅沢な土地だと思います。
函館が観光地として多くの観光客が訪れるようになったのは、景観などの「函館らしさ」を変わらないように大切に守ってきた人達がいるからなのでしょうね…。函館を訪れた人達に魅力的な街だと感じてもらえるのは嬉しいことだと思います。
また、昨今は新しいイベントを発案するなどといった新しい取り組みをする地元の若者の姿がみられるようになり、私もそうした活動を応援しています。函館の良さを残しつつ、函館をより良くしようと活動する函館思いの市民がいることも、函館の魅力のひとつではないかと思います。

ずっと住みたいと思う街

ネパールレストラン『ラーニキッチン』代表 ビカス アディカリ さん

ネパール出身。2010年に来日。旭川、帯広でレストラン勤務後2013年に来函。今年5月、本町に2号店をオープン。

まだネパールに住んでいた頃、旭川のネパールレストランで料理長をしていた友達から、日本で働かないかと声をかけてもらったのが日本に来たきっかけです。
それより前、大学の友達の中に、日本の大学で学んだ人がいました。その人から日本の話を聞くうちに、いつか日本に行ってみたいと思うようになって、ネパールの日本語学校にも通っていました。函館に来るきっかけとなったのは、旭川にいた頃に観光で函館に来て、函館山からの夜景を見たことです。その頃はまだ「函館」という地名も知りませんでしたが、こんなところでいつか働きたいと思いました。
函館に住んでみて思うことは、優しい人が多いということ。日本人は皆さん優しいですが、特に北海道の人、中でも函館の人はとても優しいと感じます。言葉が分からなくて困ったことはありましたが、生活する中で困ったり、不快に思うような出来事はこれまで1度もありません。
このままずっと函館で暮らしたいです。最後に、2015年のネパール地震の時には、皆さんからたくさんの心配と寄付をいただきました。函館の皆さんに、「あの時助けてくれて心からありがとう」と伝えたいです。

自然と文化のバランスが函館の魅力

『函館プロジェクト』常務取締役 申 東煥(シン ドウファン) さん

韓国・高陽市出身。函館ならではのモノ・コト・ヒトの交流を創造する「函館プロジェクト」の常務取締役。

東京の日本語学校に在学していた頃、NHKで函館を紹介する番組を観たんです。とても美しい街だなと思い、日本語学校在学中に国際交流プログラムで函館に来てさらに惹かれ、1999年に函館へ移住しました。
函館は海や山などの美しい自然と、歴史ある建物や教会群をはじめとする文化的な要素のバランスがとにかく素晴らしい。
私が1番好きなのは、函館新道からの街なみと函館山です。この風景はいつ通っても感動しますね。自分が運転している時は見られないのが残念ですけど(笑)。
問題を挙げるなら、若い人が遊ぶ場所と働く場所が無いということじゃないでしょうか。
私も高校2年生と中学1年生の子供がいますが、行く場所がないと言って家にいることが多いんですよね。公園はたくさんあるので、小学生以下の子供の遊び場は困りませんが、ある程度の年齢以上の子供が遊べる場所が少ないと感じます。
働く場所については、いくつも大学があるのに多くの学生が地域外へ出てしまうのは本当にもったいない。高い専門性を持つ若者が働ける場所を用意してあげたいですね。

世界から愛される国際都市になってほしい

通訳・講師 馬麗(マーリー) さん

中国山東省出身。10年前にご主人の実家がある函館へ移住。中国語の通訳・講師。

函館に来たばかりの頃は、異国文化と、方言も含めた言葉の高い壁を実感しつつ、遠慮するべきか、甘えるべきかなどを悩んだ時期もありましたが。
そんな時に、すっぴんでも気兼ねなく会えるほど仲良くなってくれた日本人ママ友に出会い、「真心が大事!」と、勇気を持てるようになりました。優しく接してくれたみんなに感謝しています。
しかし、ちょっぴり残念に思うこともありました。「どうせ日本語が分からないだろう」と失礼な言葉で雑な対応を外国人にしている場面を観光地などで目の当たりにし、あの有名な「お・も・て・な・し」は唯のスローガンで終わってるじゃないかと心が痛むこともしばしば…。
150年ほど前、開港当時の函館は他国から訪れる人々を迎え入れ、多国文化を柔軟に取り入れました。そんな歴史を持つ函館が世界から愛される国際都市になってほしいです。
とはいえ、やはり函館が大好き。海鮮をはじめ、水や空気もとても美味しい! 函館で、10年間暮らしているうちに、それまでは苦手だったイカやウニも大好きになりました。
これからも函館市民としてこの街で暮らしてゆきたいと思います。

函館は住めば都なのか?【青いぽすと創刊26周年特別企画】 青いぽすと Vol.614
2017年夏-Summer Seasons plus 青いぽすと増刊号